|
|
昭和初年の三越分店。現在のアルタ(旧二幸)
新宿大通商店街振興組合刊
『新宿大通り280年史』より
(『新宿駅80年のあゆみ』より) |
|
「うまいものは何でも二幸」
「山の幸、海の幸」にちなんで名付けられた総合食料品店です。昭和6年には自動販売機を使った「オートマット食堂」も誕生しました。
飴屋
店先から、職人さんの「トンスコトントン」というリズミカルな包丁の音が聞こえていたそうです。
駅前の東京パン
1階がパン売り場、2・3階が食堂でした。早朝から営業しており、通勤のサラリーマンがよく利用していました。
高級カリーの中村屋
直営農場で作った米や鶏肉を使い、日本に初めて本格的なカリーライスを紹介しました。この他、ボルシチ、肉まん・あんまんなども有名でした。また「中村家サロン」には多くの美術家、作家などが集まりました。
|
|
|
|
昭和10年頃の中村屋。賑わう店頭。
『中村屋100年史』(撮影 師岡宏次氏) |
中村屋で使われた灰皿
中村屋にゆかりのある彫刻家、
荻原碌山の作品です。
新宿歴史博物館提供 |
|
|
「しぶしょく」渋谷食堂
手軽な食堂の「しぶしょく」は東京中にありました。
家族連れで賑わう家庭寮
「お酒のない明朗な均一お食堂」というのがキャッチフレーズでした。
モーリーのうなまん
チャーハンのように丸く盛り上がったうなぎ飯が名物でした。
甘栗太郎
店先に、どんな仕掛けかはわかりませんが、左手に甘栗の紙袋、右手に大きな鐘を持ってしかもそれを上下に動かすというからくり人形がおいてありました。今の新宿通りに面していたそうです。
「味のデパート三福」
「味のデパート」として親しまれていました。店内にはBGMが流れ、5階には映画館「光音座」がありました。
食堂デパート聚楽
駅のすぐ前にありました。白れんがづくりの5階建てで、地下室から5階まですべてが食堂でした。
高級フルーツの高野果実店
直営のフルーツパーラーでは、新鮮なフルーツをふんだんに使ったフルーツパフェなどが人気を呼びました。
早川亭のしゅうまい
新宿名物のひとつでした。
カルピスマカロの新宿カピー
マカロニを煮込んでカルピスで味をつけたものです。
山本食堂
追分の交差点の近くにあった小さな食堂です。表に「牛めし」というのれんをかかげ、今でいうもつ煮込みをご飯のうえにかけた牛めしのほか、野菜の煮付けや焼き魚などがメニューです。年中無休で営業していました。新宿にはこんな食堂が数多くありました。
このほか当時の新宿には、オリンピック、パレス食堂、甘いものの三好野、"メイカ"こと明治製菓喫茶部、森永キャンディー、不二家などがあり、学生や家族連れで賑わっていました。ここで紹介した飲食店の中には、今でも営業を続けている店があります。
|